星の配置を読むホロスコープについて思うこと

宇宙には、“ 神 ” のまなざしがあり、それは自分自身の胸の奥底にもある、
世界をながめるまなざし、と同じもの。

それは、まるっと宇宙すべてをつつみこむ。
すべてが調和してひとつの、宇宙的な愛、のまなざし。

“ 神 ” 、つまり、自分自身の胸の奥にもあるまなざしは、さまざまな段階の視点にわかれている。

生まれた瞬間の星の配置をあらわす、出生のホロスコープは、このさまざまな視点から、自分を理解する方法を教えてくれる。

たとえば、ホロスコープに描かれた太陽と月。
西洋占星術で、このふたつは、現実の人生をつくる中心になる力をあらわしている。

実際に知っている太陽と月を思いだしてみてほしい。

まずは、太陽のあたたかな陽射しを浴びて、1日のはじまりを思う感覚を。

この時、わたしは、自分の意志(自我)からの視点をもつ。

 

つぎに、くらい夜道にたたずんで、銀色の月をながめる感覚。

この時、わたしは、動物としての本能からの視点をもつ。

 

こういった視点が生みだす意識を、ホロスコープから、くわしく読み解くのが占星術だ。

 

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出生のホロスコープの話からはなれて、いま空を動いている太陽の話をすると。

もうすぐやってくる春分。
季節の変わり目。
西洋占星術では、あたらしい1年のはじまりとなる。

春分点は、太陽のとおり道である黄道と、地球の赤道を天球にうつした、自転のライン:「天の赤道」、との交点だ。

太陽は生命力、意志。

地球は生き物としての身体
(月はこの地球という身体によりそう本能。感情としてもあらわれる。月は地球と一心同体ともいえる。)

春分からはじまる1年は、太陽のエネルギー、あたたかさ、を実際に肌で感じるように、この地上で、生まれもった可能性をカタチにして、実際に体験する流れをあらわしている。

太陽からしずくのようにわかれて、地上の体にやどった生命の種を、芽ぶかせ、自分の意志で育てていく物語のなかの1年だ。

 

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たとえば視点をずらして、とおい恒星の視点から太陽系ぜんたいをながめるとき。(春分点もずれて、12サインとうひとつの周期のはじまりが春分点ではなくなる。→太陽と地球の直接的なかかわりが焦点ではなくなる。)

これはあたたかみを体感できる太陽との距離をこえて、はるかかなたで小さな点のように輝く不動の(にみえる)星からの視点。

このはるかな視点があらわすのは、個人の自我や意志をこえて、つむがれる物語。

この視点もわたしたちはもつことができる。いつもは意識しにくいけれど。(自分自身の意識としてとらえられないときは、時代の流れとして外側からきた刺激として受けとりやすい。)

 

このはるかな視点が生む意識のなかで、わたしたちはいま、あたらしい時代へむかう大きな転換期にいる。およそ2000年にいちどの変わり目だ。

あたらしい流れは、水瓶座時代という。

 

水瓶座時代の特徴をさらりというと、

性別、国籍、年齢、などのちがいをこえて認めあい、志を同じにする仲間とつながり、それぞれの個性が生かされて全体が調和していく。

これまでの常識やあたりまえにこだわらず、みんなにとって必要なしくみを構想して、根本的な改革をしていく。

こんなイメージでしょうか。

 

 

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