自分のカタチ

その人の根底にある生命のほとばしり、お腹の底からでてくる欲求のままに、素直に生きられたら。

イキイキと、たとえ試練のような出来事があっても、あふれる生命力からうまれる創造性をいかして乗りこえ、さらに上をいく発想で、試練と感じた出来事をハッピーな結末へと向かわせることもできる。

でも、生命力のうえに覆いかぶさっている “ 思いこみ ” が、その人の無意識にあって、知らないあいだに意識をコントロールして、その意識が(望んでいない)現実をつくっていること、ってとても多いと思う。

その人、と書いてるけど、これはわたし自身についても。

自分の質にあう望む生き方をしていいのに、「〇〇でなければしっかりした社会人とみなされない、〇〇ができない自分はダメだ」、みたいな思いこみが無意識にあって、自分を罰するように、今の自分ではダメなんだ、もっとしっかり〇〇しないと、と思い知らせるような出来事を引き起こす、とかね。

〇〇できない自分に自信がもてず、かといって望まない生き方はできず、自分のままで生きることにオッケーもだしきれず、活力がすこしずつ失われていく。

本来の自分自身でいられないと、本来もっている生命力とまっすぐつながれないから、元気がなくなって、自分がわからなくなってしまう。

だから、ささやかなことからでも、自分の本当に望むことに耳をかたむけて、いまできる精一杯で叶えていくこと。

感じることすべてを、判断せず、ただ感じて、自分はいまこう感じているんだなーとそのままに知ること。

このくりかえしで、本来の自分が生きようとしているカタチが素直にみえてくる。ただそれを生きる。

占星術のホロスコープからも、本来の自分の生き方を知るヒントはたくさんもらえますよ。

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最近のいろんな会話をとおして感じてたことがあって、こんな風に書きたくなりました。

自分を知る、自分を生きること、そうあろうとすること。
いまの私はあたりまえのように感じてるけど、10年前はぜんぜんそうじゃなかった。

ガチガチの思いこみや“こうすべき”という判断にとらわれまくってて、息苦しくて、生きづらくて、とてもとても苦しかったなぁと、思いだした。

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