人生の迷子になったら

わたしはこれからどうやって生きていく?

という迷路にはいりこんでしまったとき。

 

ざっくりととらえると、2種類のパターンがあるような。

ひとつめは、変わり目にさしかかった。

これまでの方法ではうまくいかなくなる。
つぎの展開がはじまるまでは、混沌として不安定。

こういう時期って、誰にでもあると思う。

そういうときには、流れにさからわず、身をまかせる。
古い価値観が崩れて流れさっていっているのだ。

頭を使い過ぎず、自然のなかで過ごすなど、心地よくいられるようにして、ゆったり力をたくわえる。

あたらしい流れがはじまるとともに気力も湧いてくる。

 

ふたつめ。

これまで、自分の心の奥から湧いてくる欲求をきいて、行動にうつしていいと分からなかった。
まわりの人の要求や世間の基準にあわせなければと思っていた。
いっしょうけんめいそうしていたら、心の奥の声が聞こえなくなって、何をしたいのか分からなくなった。

 

こういうときは、体調も崩れていることが多いんじゃないかな。
身体は、もうムリはできないよ、と最後のSOSをおくってくる。

何かをしようと思うより、まずはゆっくりと休養して、身体がすっかりよくなるまで、リラックスして過ごせたらいいんじゃないかな。

 

こうならなきゃ、とか、これをしておかないと、と、自分を追い立てるのはやめる。

生きるために必要な最小限のことをたんたんとこなしながら、疲れたなぁと思ったら、なるべく休んで。

 

心のうちにあらわれる感情すべてを、ただ見つめて。

ネガティブな言葉や考えがあらわれても、それもただ見つめる。
出てくるのが悪いわけじゃない。

 

ああ、わたしの中にそういう気持ちがあるんだね。
そう感じているってちゃんとわかったよ、と自分自身に伝えて、ただ見守る。

 

ネガティブな感情に思いっきりひたってしまって、満足したらどうでもよくなる、という場合もある。

わたしはこれがうまくいくのは、根っからは自分を見失っていない、一時的に迷っているときなんじゃないかなぁと思ってる。

慢性的に自己犠牲的にものごとを進めてしまうクセがついているときには、そう感じる自分によりそいつつも、その感情にひたりきらないで、となりで見守る気持ちでいるようにしたほうがいいみたい。

ずっと感情に支配されたままだと、ループから抜けられないから。

 

そして、はやく良くならなきゃとか思わない。
身体にはからだのペースがあって、ひつような時間をかけて回復していく。

美味しいなぁと思える栄養のあるものをたべて、水を充分に飲んで、お日さまの光をほどよくあびて、ゆっくり眠る。

 

体力と気力をとりもどしたら、好き、嫌いの感性をとりもどす。

それについてはまた書いてみます。

 

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