心のカタチをながめてみる

たとえば、なんでうまくいかないんだろう、と、かなしいこと、イヤなことがくりかえして起こるとき。

起こる出来事はまったく同じではなくても、おなじような気持ちを味わっているんじゃないかな、と思う。

わたしはまたガマンしなきゃならない

ほらね分かってもらえない

ひとりのほうがまし

 

などなど。

その心のカタチは、もう準備されていて、ことあるごとに顔をだし、回を重ねるごとに、ますます強くなっていく。

まるで、その心のカタチを味わうために、またおなじような経過をたどっているかのように。

 

たぶんそういう心のカタチには、分かってもらいたかった何かがあるんだろう。

分かってもらえるまで、手ばなすことができないんだろうね。

 

くり返すうち、はじめの、分かってもらえなかったかなしみは、奥に封じこまれて、まるで復讐をするかのように、怒りのような恨みのような感情を、味わい、そうすべく出来事もおなじような経過をたどりつづける。

 

*****

 

かなしみのような怒りのような感情があらわれたとき、あぁ、わたしはこの気持ちをまだ絡まったままもっているんだなー。

まだすっかり受けとめて寄りそってもらえたと感じていないんだなー、と、見つめてみる。

 

そして、ちゃんと言い分をきいて、受けとめて、居場所をつくり、寄りそう。

 

と同時に、わたしはもう、この心のカタチに一体化はしない、と決める。

心のなかにいたいだけ、いてもいい。ただ、そのものを自分の現実にしない。

そして、あたらしく、安心して心地よい、心のカタチを準備する。

今からは、そちらを選びとる。

 

 

想いグセ、口グセ、習慣をかえる。そしたら現実もかわっていく。

頭ではわかっていたけど、最近、自分の心のカタチを観察して(とくにイヤなことがあったワケではなく、過去をふりかえって、かわった今を理解でき)あー、これか!と腑に落ちたことがありました。

これが、どんな心でいるか、どんなふうに現実をとらえるか、で自分の世界は大きく変えられる、創造するってことなんだな、とより身にしみて分かった気がします。

 

今日は、奥渋(渋谷の奥)の晴雨堂(HP)で占星術の勉強会。

はじめて講座を開催したときから、もう6年間も受けてくださっている、すでに親友のみなさん。

今日は自分のなかの土星意識にフォーカスして、読み解き、深めました。

 

帰りにちかくの台湾料理屋 麗郷(HP)で遅めのランチを一緒に(^^)

本格的でとても美味しかった♪

晴雨堂では、個人セッションもしておりますよ。

 

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